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3連休2日目 3/19

海はベタ凪だが、船外機修理のため休船。オカッパリで釣る気にもなれず。気分はどんより。

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3連休1日目 3/18

 午後から釣行しようと船道具の整理と船外機の試運転をおこなったところ、ステリングの硬さというか船外機の首の振りの硬さを調整するネジを閉めても硬さが変わらなくなってしまっていた。パーツリストを見るとフリクションという部品で摩擦力を変化させているらしいが、ここにたどり着くのは難しそう。また、先日インペラ交換したが検水口の冷却水の出もいまいち。

 これは困ったなあと、以前修理でお世話になった金沢区のショップに電話をするが、店自体が無くなってしまったようだ。

 トーハツのWebサイトをあたると神奈川県内で修理を扱っているパイロット店は2店だけ。両方に電話をしてみて、なんとなく話がしやすかった久里浜のショップに持ち込むことにした。

 ステアリングの硬さを調整する部分の修理は、やはり結構大仕事になるらしく、私の船外機は2003年製で製造後13年以上経っていることもあって、親の形見でもないのであれば、あまりお金がかかるようならそろそろ買い換えることも考えた方がよいかも、というアドバイスもいただいた。つまりエンジン自体は修理はできるが、修理の回数が増えてくると、ランニングコストがかかりますよ、ということだ。

 とにかくいったん預かっていただいて、2万円を上限に修理点検をお願いした。

息子が塾で帰りが遅いので、夫婦で洒落たお店に。 

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三浦のビーツと生ハム、グリークチェダーチーズ、グリーンリーフのサラダ

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モロッコ風スパイシーケバプ串焼き

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ビアー・バタード・フィッシュ&チップス(エールビールの衣 自家製タルタルソース)

ビールと赤ワインをいただいて、大満足。

Becquet CAFE&GASTRO PUB

ちょうど自宅に帰ったタイミングで息子が塾から帰ってきた。

 

横須賀線で飲むこと

首都圏の通勤電車としては長距離(JR的には中距離)なので編成の一部に四人がけクロスシートあり、グリーン車もありなので、夜になると飲んでいる人が多い。マナーがどうこうの議論もあるが、グリーン車は酒の車内販売があるし、普通車も4人がけは許してほしい。

自分も常習化していて、今日の仕事がどうだったか、反省かご褒美かによって、発泡酒だったりビールだったり飲み分けている。季節や時期によって缶のデザインが変わるときがあるのもささやかな楽しみの一つ。グリーン車に乗るから節約して「のどごし生」のこともある。
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今日も「のどごし生」。申し訳ないが、価格相応の味。しかも今日の缶は汗臭い男が押し付けがましく印刷されたアルミ缶で気分悪いので、購入を躊躇したが、ビールの日ではないだろう。今日の仕事はそんなレベルだった。
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週末3/11

今日は東日本大震災から6年目。14時46分には黙祷。


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夕方から大船に買い物。メガネや衣類。居酒屋で夕食。濃いホッピー飲んだお陰で帰ったらバタンキュー。

6年前

6年前の2011年3月11日14時46分は、青山一丁目にいた。今日、仕事でそこを訪れて、6年前を思い出して写真を撮った。

 

あの日のその時、私は、青山ビルヂングの1階でエレベーターを待っていた。上階で15時から会議があったためである。地震かなと揺れに気づいた数秒後、尋常ではない揺れを感じて、これはやばいやばい!!、と言いながら屋外へ。本能的な身の危険を感じた。
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驚いた人がビルから出て来て不安そうな顔色。携帯にはNHKの速報メールで宮城県震度7という情報が来て、宮城県沖地震の再来かと考えていた。その後、大津波津波警報が発表されたことをメールで知る。電話はつながなず、こういうときに限って電池切れ直前でワンセグも見れないしカメラも起動できない。

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強い揺れは何度も来て、隣のビルの屋上の携帯基地局のアンテナがブルンブルンと振れていた。震源域が広大で福島県から茨城県に南下しているということはあとでわかった。高層マンションがゆっくりと揺れているのが見えた。ここは神宮外苑にも近いから、何かあったらそこに避難かな、と考えていた。

15時過ぎに家族からメールが届き一安心。自宅のある神奈川県逗子市は津波注意報だったし、震源宮城県沖以北だと思っていたからまあ大丈夫だろうと思っていたが、実際には茨城県沖など震源が近い地震も発生していたわけで、そのうち津波警報に切り替わったときは心配になった。


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15時30分近くなると、少し落ち着いて、会議はどうなったのだろうと、居合わせた他社の出席者と、会議室に行こうということになった。エレベーターは止まっているので、非常階段で上がろうとすると、壁にはひび割れ、剥げ落ちた壁… これはヤバイね止めましょうと引き返した。
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外に戻ると先に着いていたはずの同僚と合流。非常階段で降りてきたが、上階は自動販売機が倒れたり大変なことになっているらしい。さすがにそれぞれ会社業務が気になるから帰りましょう、となった。

 国道246号を歩いているうち、会社と電話がつながった。業務や社員に大きな支障ないらしく安心。赤坂見附を通り、首都高速の高架下を足早に抜けて、裏通りは怖いからと言って溜池を通って赤坂の本社に着いたのは16時過ぎだった。

 本社に着くと、停電もしておらず 、社内メールとインターネットも活きていて比較的落ち着いていたが、NHK総合テレビは想像を絶する映像が放送されていた。

 

その後歴史が変わっていった。